当社には訪問介護の現場を支える「サービス提供責任者(通称:サ責)」の仕事に関わっているメンバーがいます。今回は介護現場の中間管理職とプロジェクトマネジメント(PM)についてのメンバーのブログです(以下)。
「リーダーがなかなか判断してくれない」「トラブルが起きても『上に確認します』が続き、現場が前に進まない」。こうした悩みは、ITのプロジェクトだけでなく、介護・福祉の現場でも起こります。
訪問介護のサービス提供責任者(サ責)、施設のユニットリーダーやフロアリーダー、生活相談員、小規模事業所の管理者。呼び方や職務は異なりますが、いずれも現場と経営層の間に立ち、人員、時間、情報を調整しながらサービスを支える中間マネジメントの役割を担っています。
判断が遅れるとき、すぐに「あの人には管理職の資質がない」と考えてしまいがちです。しかし、実際には本人の能力だけでなく、学ぶ機会や意思決定の権限が与えられていないことも少なくありません。本記事では、介護・福祉の中間管理職が直面しやすい停滞を、「マネジメントスキル」と「権限」の二つに分け、組織としてできる改善策を考えます。
現場を止める二つの不足
中間管理職がうまく機能しないように見えるとき、まず確認したいのは、次の二つが混同されていないかという点です。
1.マネジメントスキルを学ぶ機会が不足している
介護の現場では、利用者や家族からの信頼が厚く、ケアの技術にも優れた職員が、その実績を評価されてサ責やリーダー、管理者に登用されることがあります。
ただし、「優れたプレイヤーであること」と「チームを動かすマネジャーであること」は、同じではありません。シフトを無理なく組む、業務を分解して担当を割り振る、急な欠勤や利用者の状態変化を想定する、関係者へ適切なタイミングで情報を共有する、といった仕事には、ケアの専門性とは別の技術が必要です。
こうした技術を学ぶ機会がないまま役職に就けば、責任感の強い人ほど仕事を抱え込み、判断に迷い、疲弊してしまいます。これは生まれ持った「資質」の問題というより、役割転換に必要な準備と研修が不足している状態と捉える方が建設的です。
2.責任に見合う権限が与えられていない
もう一つは、肩書きと責任はあるのに、必要な権限が伴っていないケースです。
人員配置、シフトの最終決定、備品の購入、利用者や家族への対応方針など、日常的な判断まで法人本部や経営層の決裁を待たなければならないと、現場はすぐに動けません。力のあるリーダーであっても、周囲からは「何も決められない人」に見えてしまいます。
プロジェクトマネジメントでは、責任を負う人に必要な権限を対応させることが重要です。判断の遅れが起きているときは、個人を評価する前に「その人は本当に決められる状態にあるのか」を確認する必要があります。
停滞をほどく三つのアプローチ
スキル不足と権限不足を切り分けると、組織が取るべき対策も見えやすくなります。ここでは、介護・福祉の現場で始めやすい三つの方法を紹介します。
1.「誰がどこまで決めるか」を見える化する
最初に取り組みたいのは、権限割当(デリゲーション)の明確化です。経営層、本部、事業所管理者、サ責、現場職員が、それぞれどこまで判断できるのかを言葉にします。
例えば、次のような基準を決めておく方法があります。
- 日常的なシフト調整と急な欠勤への一次対応は、現場リーダーが判断する
- 一定金額までの緊急の備品購入は、事業所管理者の裁量とする
- 利用者の安全やサービス継続に影響する問題は、定めた経路ですぐに上位者へ報告する
- 契約変更や重大事故など、現場の範囲を超える事項は法人本部へエスカレーションする
すべてを現場に任せることが目的ではありません。現場で即断してよい範囲と、上位者へ相談すべき境界を共有することが重要です。交通機関の停止でヘルパーが出勤できないといった突発時にも、初動の速さが変わります。
2.一人で背負わせず、PMO的な補佐を置く
一人のリーダーに、ケア、シフト、書類作成、関係者調整、職員育成のすべてを期待するのは現実的ではありません。そこで役立つのが、プロジェクトマネジメントオフィス(PMO)的な支援の考え方です。
ケアや利用者対応に強いサ責には、計画書の作成、進捗確認、シフト調整、会議運営などを補佐する役割を組み合わせる。現場を動かすリーダーと、ケアマネジャーや家族との調整を担うサブリーダーで役割を分ける。複数事業所を横断して、書類や業務手順を標準化する担当を置く。こうした体制により、個人の弱点を本人の努力だけで埋めずに済みます。
PMOは大企業だけのものではありません。小規模な事業所でも、「判断を支える」「情報を整理する」「業務を見える化する」という機能を分担することで、同じ発想を取り入れられます。
3.小さな成功を意識してつくる
役割や業務を一度に大きく変えると、現場の負担が増え、改善そのものが止まってしまうことがあります。まずは「今週中に一つの課題を確実に片づける」といった小さな目標から始めます。
例えば、欠勤時の連絡手順を一枚にまとめる、翌週のシフト確定日を固定する、申し送りの記載項目を統一する、といった取り組みです。小さくても成果が見えると、経営層には「任せても大丈夫だ」という信頼が生まれ、職員には「改善すれば仕事が進めやすくなる」という実感が生まれます。
人材確保が容易ではない介護・福祉の現場では、チームの納得感や働きやすさが、職員の定着とサービスの質に影響します。クイックウィン(早期に実感できる小さな成果)を設計することも、中間管理職を支える重要な取り組みです。
マネジメントは研修で身につけられる
中間管理職に必要な能力の多くは、経験だけに頼らず、体系的に学ぶことができます。
- 目標と優先順位を明確にする
- 業務を分解し、無理のない担当と期限を設定する
- リスクを事前に洗い出し、対応方法を決める
- 利用者、家族、ケアマネジャー、職員などの関係者を整理する
- 問題を抱え込まず、適切な段階で上位者へ報告する
- 進捗や判断事項を、誰でも確認できる形で残す
これらはプロジェクトマネジメントの基本であると同時に、介護・福祉サービスを安定して提供するための日常的な実務でもあります。専門用語を覚えることより、自分たちの事業所で使える手順や道具に置き換えることが大切です。
訪問介護のサ責とプロジェクトマネジメントの共通点については、関連記事「訪問介護の「サービス提供責任者(サ責)」とプロジェクトマネジメント」でも紹介しています。
個人を責める前に、仕組みを見直す
「あのリーダーがいるから現場が回らない」と結論づけるのは簡単です。しかし、本人がマネジメントを学ぶ機会を持たず、必要な情報や権限も与えられないまま役割を任されていたとすれば、問題は個人だけにあるとはいえません。
まず、停滞の原因がスキルにあるのか、権限にあるのか、業務量や体制にあるのかを切り分ける。その上で、研修、権限設計、補佐体制、業務の標準化を組み合わせる。プロジェクトマネジメントとは、特別な人のカリスマ性に頼ることではなく、チームが安定して動ける仕組みをつくることだと私たちは考えています。
介護・福祉サービス事業者様向けの当社の支援
タクスフィア株式会社では、プロジェクトマネジメントに関するコンサルティング、実行支援(PMO)、研修を提供しています。介護・福祉事業者の課題に応じて、例えば次のような支援が可能です。
- サ責・リーダー・管理者向け研修:目標設定、業務分解、リスク管理、関係者調整、エスカレーション、業務の見える化を現場の事例で学びます。
- 中間管理職の育成支援:現場と経営層の間で優先順位を整理し、チームを動かすための考え方と実践方法を体系化します。
- 権限と役割の設計:誰がどこまで判断するか、どの段階で相談・報告するかを整理します。
- PMO・業務標準化支援:WBS、品質チェックリスト、会議・報告の仕組みなどを用い、属人化を減らします。
当社代表の今仁は、20年以上にわたり、外資系IT企業、国内大手製造業、社会福祉系NPOなどでプロジェクトマネジメントと人材育成に携わってきました。東日本大震災の復興支援プロジェクトのマネジメント経験があり、社会福祉士の資格も有しています。また、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科で博士号を取得し、実務と研究の両面からマネジメント方法論に取り組んでいます。
中間管理職の負担を、本人の頑張りだけに委ねない。学べる仕組みと、決められる環境を整える。その第一歩として、まず現場のどこにボトルネックがあるのかを一緒に整理します。介護・福祉現場の研修やマネジメント体制づくりについては、お問い合わせフォームからご相談ください。
