当社には、介護の現場に関わっているメンバーがいます。今回は、新しく開設された介護施設で起こりやすい混乱について、プロジェクトマネジメント(PM)の視点から解説します(以下)。
新しい介護施設の開設は、本来なら期待に満ちた節目のはずです。ところが、オープン直後の現場では、「必要な備品が揃っていない」「職員によってケアのやり方が違う」「相談しても方針がなかなか決まらない」といった声が出ることがあります。
異なる施設や事業所で経験を積んだ職員が集まり、新しい場所、新しい人間関係、新しいルールの中で、初日から利用者を支えていく。考えてみれば、混乱が起こらない方が不思議なのかもしれません。
ただし、時間がたてば自然に解決する混乱もあれば、開設前の計画不足によって起きている問題もあります。両者を分けて考えることが、立ち上げを整える第一歩になります。
開設直後は「混乱期」なのかもしれない
チームができていく過程を説明する考え方に「タックマンモデル」があります。一般に、メンバーが集まったばかりの「形成期(Forming)」、意見や仕事の進め方がぶつかる「混乱期(Storming)」、役割やルールが整う「統一期(Norming)」、チームとして力を発揮する「機能期(Performing)」という段階で説明されます。
新規開設の介護施設は、形成期から混乱期へ一気に進むことがあります。前の職場で当たり前だった手順が、別の職員には当たり前ではない。介助の方法、記録の残し方、申し送りのタイミング、備品の置き場所など、細かな違いが次々に表面化します。
これは、誰か一人の協調性がないから起こるとは限りません。メンバーが「この施設ではどうするのか」を確かめながら、チームとしての基準をつくっている途中とも考えられます。衝突を放置してよいわけではありませんが、混乱そのものを失敗と決めつけず、次の段階へ進むための材料として扱うことが大切です。
混乱期だけでは説明できない「準備の穴」
一方で、「立ち上げ直後だから仕方がない」では済ませられない問題もあります。
例えば、汚染物を扱う容器と清拭に使う容器を区別できない、移乗を補助するスライディングボードが用意されていない、といった状態です。安全なケアや職員の身体的負担に関わる物品が不足していれば、現場の工夫だけに頼るべきではありません。
プロジェクトマネジメントの言葉で整理すると、これは「要件整理」と「調達」の問題です。施設を安全に運営するために何が必要かを洗い出し、誰が、いつまでに、どの予算で用意するのかを決める。その確認が開設前に十分行われていなかった可能性があります。
介護の現場には、限られた条件の中でも利用者のために動ける人が多くいます。その対応力に組織が頼りすぎると、準備不足が見えにくくなり、負担とリスクだけが現場に残ります。「現場が頑張れば何とかなる」を前提にせず、必要な人員、物品、手順、情報を開設準備の段階で具体的にする必要があります。
立ち上げの混乱を整える三つの取り組み
チームが育つ途中の混乱と、計画段階の不足。その両方に対応するため、まずは次の三つから始めると整理しやすくなります。
1.当面の優先目標を一つ決める
開設直後は、気になることが一度に押し寄せます。すべてを同じ優先度で解決しようとすると、管理者も職員も疲れてしまいます。
そこで、「今月は安全な入浴介助の手順を整える」「今週は申し送りの漏れを減らす」など、短期間で取り組む具体的な目標を一つ決めます。壮大な理念ではなく、今の現場が迷ったときに判断の軸となる目標です。
何を先に整えるのかが共有されると、管理者は判断しやすくなり、職員も改善に向けて力を合わせやすくなります。
2.ケアと運営の手順を、暫定でも標準化する
職員がそれぞれ「前の施設ではこうしていた」と動けば、やり方がばらつきます。誰の方法が最も正しいかをすぐに決めるのが難しい場合でも、まず「この施設では当面こうする」という暫定ルールを置くことはできます。
排泄、食事、入浴、申し送りなどの業務を、WBS(Work Breakdown Structure)のように小さな作業へ分け、順序、担当、必要な物品、注意点を書き出します。実際に運用し、不都合があれば職員の意見を聞いて修正します。最初から完璧なマニュアルを作るのではなく、使いながら育てる考え方です。
備品不足についても、「何がないか」だけでなく、「なぜ必要か」「ない場合にどのようなリスクがあるか」「いつまでに必要か」を一覧にすると、本部や経営層へ根拠をもって相談できます。
3.現場をルールづくりに巻き込む
管理者が一人で正解を考え、すべてを決めようとすると、判断も作業も集中します。現場で困っている職員に「どこで仕事が止まるのか」「何を決めれば動きやすくなるのか」を聞き、一緒にルールをつくる方が、実際に使える仕組みになりやすいものです。
自分たちの意見が反映された手順には、納得感も生まれます。寄せ集めに見えた職員が、共通の課題を一緒に解く中で、少しずつ一つのチームになっていきます。
開設前に確認したい項目
これから施設を開設する場合は、少なくとも次の項目を、開設日から逆算して確認しておくとよいでしょう。
- 利用者の安全と職員の労働安全に必要な備品が揃っているか
- 主要なケア、記録、申し送り、緊急時対応の手順が決まっているか
- 管理者、リーダー、現場職員がどこまで判断できるか
- 不足や問題を誰に、どの経路で報告するか
- 開設後1週間、1か月、3か月で何を振り返るか
- 現場の意見をルールや調達へ反映する場があるか
チェックリストは、抜けを探して誰かを責めるためのものではありません。忙しい中でも同じ観点で確認し、対応漏れを減らすための道具です。
カオスは、施設の土台をつくる機会でもある
新規開設の時期は大変ですが、まだ固まっていないからこそ、現場に合った仕組みをつくれる時期でもあります。
必要な物品がないことや、ケアの手順が揃っていないことを、職員の気合や善意で埋め続ける必要はありません。介護は専門職による仕事です。安全に力を発揮するには、道具、情報、役割、手順が必要です。
一気にすべてを解決しようとせず、まずは優先目標を一つ決め、業務を一つ標準化する。小さな改善を振り返りながら積み重ねることが、混乱期を抜け、働きやすく安全な施設へ近づく道になるのではないでしょうか。
介護現場の中間管理職を、権限設計や研修で支える考え方については、関連記事「介護現場の中間管理職をどう支える? 権限設計・PMO・研修で「決められる組織」へ」でも紹介しています。
介護・福祉サービス事業者様向けのご提案
タクスフィア株式会社では、プロジェクトマネジメント研修を中心に、コンサルティングや実行支援(PMO)を提供しています。
新規開設や立て直しの場面では、目標と優先順位の整理、WBSを用いた業務の見える化、必要な物品や運営条件の整理、役割と意思決定範囲の明確化、振り返りの進め方などを、現場で使える形に落とし込みます。サ責、ユニットリーダー、管理者など、対象となる役割や事業所の規模に応じた研修設計もご相談いただけます。
当社代表の今仁は、外資系IT企業、国内大手製造業、社会福祉系NPOなどでプロジェクトマネジメントと人材育成に携わり、東日本大震災の復興支援プロジェクトのマネジメントも担当してきました。社会福祉士の資格を有し、実務と研究の両面からマネジメント方法論に取り組んでいます。
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